【心理塾】傷ついたこころに言葉を与えてくれる 村山由佳著「翼 cry for the moon」

父親の自殺、クラス内でのいじめ、母親からの拒絶…
深い傷を負ってさまよう主人公真冬に
果たして救いは訪れるのだろうか。
祈るような気持ちで、
ページをめくる手が止まらず
一晩で読み切ってしまいました。

真冬の回想に、
母親から折檻を受ける描写があります。
『私だってほんとはこんなことしたくないのよ!お前のためを思えばこそやってるのよ!
お前を愛しているから、いい子にしてやりたいから、だから仕方なくこうするのよ!』
母は「愛しているから」と主張しながら、その言葉とは裏腹に折檻をする。

「愛しているから」とは、親にとっては都合のいい建前に過ぎませんが、
子どもの真冬にとっては、愛情とは、親に逆らえば折檻となるもの。
「怒られる私が悪い子なんだ」と服従すべきもの。
まして温かなまなざしで、自分の意志を尊重されることは望めず、
そんな母の呪縛を振り切るには、
大変な恐怖と勇気と、エネルギーが伴うことを感じさせられます。
大人になり、母の影響はもう及ばないはずだと頭では分かっていても、
こころのなかでは怯え続けている。

そんな真冬が
『母は弱い人』と言葉にできたときの描写に、はっとさせられます。

「いま初めて自分にも声が出せることを知ったかのように、彼女は一言ずつ、そっと言葉を押し出した。」

一枚皮がむけるときとは、まさにこうした実感が伴うもの。
個人的にこの物語に目が離せなくなるのは、
こころに寄り添った描写にもあります。
目に見えないこころの動きに、言葉を与えてくれる。
そういった意味でも何度も読み返したくなる一冊です。